(前の記事の続き)私の再三の注意にも拘らず、「タバコを吸って死ねば本望」と言って禁煙されなかった狭心症の患者さんは、心臓カテーテル検査とPTCA(経皮的冠動脈形成術)を受けて無事に退院されました。
その後は胸痛も消えて外来へ通院されていましたが、その年の11月に突然救急車で運ばれて来られました。当時は携帯もなく医師は大抵黒い大きなポケベルを持っていましたが、アルバイト先の病院で当直していると早朝にポケベルが鳴って来ました。第2内科(循環器内科)ナースステーションへ電話をするとあの患者さんが救急搬送されるとのこと。狭心症や心筋梗塞が晩秋や初冬の早朝に多いのは、この時期体が寒さに慣れておらず、早朝には血管が敏感で攣縮を起こしやすいのが原因と言われています。
着いてみると患者さんは、殆ど意識がなく呼吸も微弱で非常に危険な状態でした。直ぐに救急蘇生をしながら心カテ室へ直行し、私がAMBU(人工呼吸バッグ)を押しながら心カテ検査が始まりました。結果は前回と別の部位の完全閉塞による心筋梗塞でした。冠動脈に何度も血栓溶解剤を流すと僅かの再開通が見られ、PTCAによってある程度の血流が流れるようになりました。その後昇圧剤で血圧も上がり呼吸も安定し意識も回復して来ました。
こうしてまさに九死に一生を得た患者さんが、最初に言われた言葉は「先生、そろそろタバコを止めんといかんな」でした。私は耳を疑いましたが、今回の発作が余程苦しかったのはナースカルテの「口から心臓が飛び出るくらいに苦しかった」という言葉で分かりました。結局ある程度の後遺症が残りましたが、患者さんは以後きっぱりと禁煙をされ健康にも大変気を遣われて87歳まで元気に生きられました。
亡くなられた後で奥様から私宛にお礼の手紙と立派なライターが送られて来ました。文面には「主人が、ここまで長生き出来たのはあの若い(?)先生のおかげだと口癖のように言っておりました。このライターは20年前に心筋梗塞を起こす直前主人が買ったまま使わずに記念に大切にしていた物で、自分が死んだら是非小木曽先生に渡してくれと申しておりました。」 私はタバコを吸いませんが、ライターは今も大切にしまってあります。